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なんでできないのは?はすべてを壊す言葉
2019-08-03 Sat 10:03
昨夜は横浜花火大会を自宅2階から上半分だけ鑑賞しました。
野のすみれ開業から3年も過ぎ、どたばたしているし、寒くて雨の多い7月だったから、
なんだか花火をみて、ど~んという音を聴いて、お~、夏がきてるんだ!って実感。
グループホームから週末帰宅の長男は、
“きれいだ~~”と叫ぶ母に、傍らでお付き合いしてくれました。

最近、今年春からグループホームに入居した患者さんの自傷や他害が悪化しているから、
投薬してほしいという話がありました。
いろいろ聞いてみると、そこのグループホームは、
なんでも一人で!が、合言葉で、いろんな身の回りのことを、自分でできるようにが目標だそうです。
できないでいると、やらないのはなぜ?なんでできないの?と、
言葉はきつくはないようですが、叱られる毎日という…。
“なんでできないの?”…これほど不毛な意味のない言葉はないと思います。
できないのは、できないからできないとしか言いようがなく、理由を強いて言えば、
①目標設定の間違い②説明の仕方が下手、というところでしょうか。
知的障がいがあるために、一人では暮らせないから、グループホームに入居している。
その人に、画一的に、支援者の一方的な目標を突き付けられて混乱して困り切っているだけですよ、
もう一度、暮らしぶりを考えましょうという話で投薬は今回はなしになりました。
私は趣味でバレエをやってますが、まあ、へぼです。でも大好き。
よたよた踊る私に、噛み砕いていろいろ教えてくださる先生のおかげで健康維持のために続けています。
もし、なんで言われたとおりに踊れないの?と言われたら、もう続けられないと思います。
私のバレエならまあ泣く泣くやめればいい。でも生活はやめることはできません。
支援者である職員さんも必死なんだと思う。でも視点を変えてほしいです。
大人になって以降、いや、こどももかな、生活は訓練の場ではないのですから。
そしてもっとその人の考え方、理解の仕方をしっかり見てほしいな~。

今朝、朝食の時に、長男が、すごく優しく私の肩にタッチしてきました。
私から抱きついたり頬ずり(←20代後半男子に間違った対応)することはあっても、
向こうからはめったにないので、なになに~~?!と、色めき立つ母(笑) 
どうも薬を飲んだ後の水をこぼしたらしく、なんとかテッシュ1枚で拭こうとしたものの、
拭ききれない量でヘルプを求めてきたということらしい。
重度くんですもの、自分でまずは何とかしようとしたことをほめてやりたい。
水なんか誰でもこぼします。母はよくお酒もこぼすわ~。
何より嬉しく感じたのは、その柔らかなタッチぶりと、人にヘルプを求められる姿にです。
彼らは環境次第です。
長男もできないことだらけ、誰かが“なんでできないの?”とせめて来たらイチコロだと思います。
日頃彼を取り巻く人々の優しさに感謝したいし、そういう支援が拡がるよう私も尽力したいです。

写真は野のすみれの運動プログラム。
理学療法士さんに丁寧に指導を受けるわがデカジャンボ。パンちらで失礼。
けっして叱らない指導をしてくださってます♡
運動プログラム
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障がいのある人の医療バリアフリーを目指して
2018-12-01 Sat 11:56
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師走1日目。野のすみれは第1土曜日はお休みをいただいているので、忙しかった11月の残務整理です。この28日に社会福祉法人中野あいいく会の一般公開講座で”障がいのある人の医療バリアフリーを目指して 親の立場と開業医の実践”というお題で話をさせていただきました。私の拙い話をとても温かい雰囲気で真剣に聴いてくださった皆様の感想をあいいく会の方が早速にまとめて送ってくださったものを、メールの中に見つけ嬉しく拝読。今、私の方が、お母様方、支援者の皆さまの深い思いにに触れ、心を動かされています。
子どもに障がいがあった、一生懸命育てていても、次々にやってくる自分では解決できないさまざまな問題。私も含めたくさんの親がそれに向き合い”幸せさがし”のように悩む毎日です。その解決しにくい問題の一つに、医者にかかる、ということがまだこんなに未解決にある現実を感想を読んで改めて感じました。障がいのある子が医者にかかるという場合①障がいそのものの相談②障がいとは別の普通に具合が悪いところを医者に診せる、の二通りがあります。①に関しても、”こども”時代を過ぎてしまうと、投薬でも、生活の相談でも、診断書でも、医者を見つけるのがとても難しくなるのがまだまだ現実です。②については、初めての場面になれにくい、感覚過敏、検査や治療の理解ができない、二次障害により問題行動さまざまな問題など診られる側のむずかしさと、診る側が障がいを知らないという事態がかけ合わさって複雑です。親や支援者はお医者さんならわかるはずだと思ってしまうけれど、障がいは幅広く、個々のバリエーションが大きくなかなか今の制度のなかでうまくいかない点があることも理解できます。
①も②も親であり医師である私も悪戦苦闘を繰り返しながらの日々ですが、今、少しづつ努力の方向が見えてきた気がしています。
親の立場からいうと、勇気をもって気持ちで負けず門戸をたたくことを伝えたい。医者は万能ではないけれど必ず受け止める人がいます。ダメそうなら、ハイ次!という気持ちで(笑)医師の立場からいうと、医師教育も含めて障がいについての知識をもっと医療界に広めること。行政に障がいのある子や人が、気を使わずに、必ず気持ちよく通える場所を作ってもらえるようお願いすること。
3年前にちょー医療抵抗性(笑)の怖がりの長男が両目の手術を受けることができました。私は母親としてというより、”医師免許をもった通訳”という立ち位置で、術前検査、入院、麻酔、手術、その後の安静期間を乗り切りました。こういう役目が制度化されれば、家族を支えられるとともにそれぞれの科のスペシャリストの名医、ほんとはきちんと治療したいと思ってくれている、医者を助けることになると思いました。
ほんとに道半ば。しかし情けは人のためならず。私の努力は、自分の子どもに帰ってくることですので、あきらめずに進めるんじゃないか、感想を拝読しながら思いました。中野あいいく会の皆さまにはお礼を申し上げたいです。
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根っこが生きてるありがたさ
2017-11-04 Sat 10:54
最近、若いころの友人との交流が増えました。そういう年頃かな。私は一貫校だった中高にも、卒業した大学にも、”可もなく不可もない”感情で過ごしてきました。そういうことでグループを作るのにも抵抗があった気もします。でも、今、自分の属するグループ、居場所?、がなく苦しむ若者に出会うにつけ、可もなく不可もなく過ごせたことにもっともっと感謝すべきだったと反省しています。大学の同窓会新聞に野のすみれの紹介を載せていただけることになりました。まったく業績のない私ですが、地域に生きたいということで編集委員の皆様が拾ってくださったんだと思います。自己紹介みたいな文章なのでご一読いただけたら幸いです
写真は長男の母校のバザー。彼にとっても私にとっても大事な根っこです。



平成2年卒、リハビリテーション科の鈴木明子です。昨年7月に港北区大倉山に小さなクリニックを開院いたしました。夫が院長を務める綱島鈴木整形外科にて“明子外来”という障がい児者に向けての外来を開いて10年、もっと静かでのんびり診療ができる場を探して、ようやく実現いたしました。
卒後25年あまり、リハ医として沢山の療育センターや 特別支援学校で仕事をしてきました。その経験をいかして、港北区という地域に根付いて障がい児者にも幸せが毎年続きますようにと願い、名づけたクリニックです。
お一人30分の予約制外来です。対象はおもに小児期、および小児期に発症した疾患により障がいをおった方々です。脳性麻痺、二分脊椎、染色体異常、発達障害、不登校、盲のかた、などなど多岐にわたっております。
障がいそのものの診察や相談、種々の診断書作成、補装具、さらに障がいのために内科や小児科にかかることが困難な方の相談、学校との調整、作業所との調整、グループホームとの調整など、様々なことに挑戦しております。
クリニックの2階3階部分は、知的障害者のグループホームです。大曽根商店街という街中のグループホームに対しても様々なかかわりを持っていきたいと思います。
また院内のすみれルームでは地域の皆さま対象の”障がい”に対する勉強会やや講演会を開催しています。
院内には地域作業所の小箱ボックスを置き、製品の販売もしており、作業所の方々が製品を持ってこられたり、来院の方がお買い物したりするゆったりムードのクリニックです。
他科のドクターの中には”障がい児者の医療”について相談先が少ないと感じられる方もおいでかと思います。微力ながら何かお役にたてれば幸いです。
私自身が入局後に障がいのある子どもを授かり育ててきました。リハビリテーション科に私を導いてくださった故大川嗣夫先生、その後のリハ医人生でも障がい児子育てをしながらの私の仕事にも惜しみないサポートをしてくださった医局の先輩後輩、新体制にかわっても開業時からお心にかけていただきました中村健教授、みなさまあっての今と思います。
すこし風変わりなクリニックですが、頑張っていこうと思います。今後とも何卒宜しくお願いいたします。


野のすみれクリニック リハビリテーション科
2220003 港北区大曽根1-20-16 シードビル1階
℡ 0456337324
Fax 0456337924
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つながりとバトンタッチ。
2017-10-13 Fri 23:32
私より年上の大人になった障がい児(もと)さんもたくさんすみれにいらっしゃいます。横浜市には数少ない入所施設に長年入所されてる方も。書類を書くのに小さいころの病歴をとるのもなかなか四苦八苦。ご本人はニコニコ(^^;…そうだ、入所時の判定書類がとにかく一番古い情報だと、入所時の判定書類を付き添いの職員さんが出して下さいました。記載された書類をみせてくださったら、びっくりしたことに書いたのは私でした。今より数段きれいな字で一生懸命書いてありました(^^;23年前!!書類の内容をみながら患者さんのお顔を見ていたら、がらがらと殻が割れるように、奥から記憶がよみがえり、付き添いのお母さまの様子まで思い出した!私の方はその頃ちょうど長男が障がいがあると確信したころだった。先がわからず、大人になった長男も、初老になる自分も想像できず、自分より年上の方の施設入所のための書類を書きながら、それまで付き添ってこられ、介護が困難になり、施設入所の手続きをとってるご両親と、そのそばで不安そうにされてた患者さんの様子。はっきり思い出しました。偶然にこんなに時間がたって再会したら、温かい職員さんに付き添われ落ち着いた笑顔で過ごされいました。お話はすらすらできない方だけど、お互いにおこの23年間元気で過ごしたんだね!って、ふんわりことの成り行きに感謝する想いでした。
先週、学会で奈良に行ってきました。学会の特別企画で、奈良生まれの映画監督の河瀨直美さんのお話を聴きました。彼女は両親に育てられていないそうです。遠縁の血のつながらない祖父母といっていいようなご夫婦に大切に育てられたんだと私は初めて知りました。古都奈良には、つながってるものは次の世代に受け継ごうという気質があるんではと数日の滞在でもなんとなく感じました。それが河瀨監督にの映画製作のベースになってるんだな。自分一代でできることは少ない。でもいろんな希望や願いを、何らかの形で、バトンタッチしていくこと、それは大切ということではなく、生きる本質なんだ!って再確認できました。
障がいのある人として、障がいのある子の母親として、23年それぞれに生きて、再会した私たち。この23年がそれぞれの人生の何分の1なのかわかりませんが、お互いが生きて経験したことを誰かにバトンタッチできますようにと思います。関わってくださった沢山の人々に温かい感謝の念を持ちました。♡。写真は興福寺東金堂。仏頭にもお会いできました。IMG_9972 - コピー

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心のたがをはずして川底で光るものに気付きたい
2017-09-08 Fri 23:46
2年前から日本リハビリテーション工学協会の協会誌の編集員を拝命しています。多職種の人が出入りする協会で、投稿の校正などお手伝いしていますが、とても勉強になります。編集委員は回り持ちで、自分の興味のある分野を選び、担当させていただける号があるのですが、私の担当号はただいま原稿が順調に集まり鋭意校正中♪初冬に発刊予定です。またその際にはご紹介させていただきますね!
特集の執筆をお願いした方々といろいろやり取りしました。それも有意義なことでした。
その中で、静岡の重症心身障害児者施設、つばさ静岡の小児科医浅野一恵ドクター、実はまだリアルにはお会いしてないのですが、ご活躍に注目していたドクターに執筆をお願いし何回かメールでやり取りできました。
リハ医を26年やってきて、長男ともうすぐ25年一緒に暮らしてきて、医者になった頃と私の考え方もずいぶん変わったと思います。重い障害のある人々、体を動かすことも、話すこともできない人たちは実は弱くない。ほんとはすごく強い。心のたがをはずして彼ら彼女らと接すると肌からそれが伝わってきます。
この詩は相模原の事件から1年の振り返りに他の沢山の職員さんとともに浅野ドクターがつばさ静岡のHPに寄稿されていた詩です。素晴らしいのでご紹介いたします。
     
川底で光るもの  医師   浅野一恵 
   
幼い頃日が暮れるまで探し求めていたもの
川底で太陽の光に反射して光る小石
用水路のへりにこっそり生える数珠玉
山道で拾ったハート形した紅色の葉っぱ
どれもキラキラ眩しくて、私の心は虜になった
そして今私はつばさ静岡にいる
何気なく過ぎていく日常
障害のない人とある人がともにいる
たまたまこの世で障害を背負っていない君と背負っているあなた
毎朝鏡の前で丁寧に髭を剃る君とさっぱりして誇らしげに微笑むあなた
夜ぐっすり眠れることを願い足浴してくれる君と感謝の気持ちを満面の笑顔で伝えるあなた
心を込めて食べやすい食事を毎日作ってくれる君と美味しそうに頬張るあなた 
苦しそうな息遣いを心配する君と精一杯力を振り絞って深呼吸するあなた
オリンピックの歓声をテレビの前でともに喜ぶ私たち
一緒にプールに入って水鉄砲で無邪気に遊ぶ私たち
一緒にお酒を飲んでともに赤ら顔の私たち
一緒に寝転んでファッション雑誌をともに見入る私たち
何気ない日常を私たちはともに生きている
 
たまたまこの世では障害を背負っているあなた
あなたは私たちに最高の笑顔で応えてくれる
人のやさしさに何よりも敏感なあなたは全身で喜びを表してくれる
痛みや苦しみのセンサーを最小限に絞り、楽しみや喜びのアンテナを最大限に広げるあなたは、くしゃみ一つで大笑いする
私が寂しいことを誰よりも先に気がついて、あなたは頭を摺り寄せてくる
あなたがいてくれて、わたしはホッとする
 
あなたのことを大切に想ってくれるひとがたくさんいる
片道何時間もかけてあなたをお風呂に入れに来てくれるお母さん
肩枕をしてあなたと一緒に眠るのを楽しみに訪れるお父さん
あなたの髪の毛を綺麗に編み込みしてくれるお姉ちゃん
ハウスでとれた苺をお裾分けしてくれる農家のおじさん
ひとりひとりの手を宝物のように大事に磨いてくれるエステのお姉さん
一生懸命練習した成果を発表してくれる吹奏楽部の高校生
美味しいものをいつまでも食べられるように口の隅々まできれいにしてくれる歯医者さん
術後の経過が心配でわざわざ見にきてくれる外科の先生
 
そこには広い心がある
そこには深い思いがある
私のちっぽけさをあらためて知る
けれどちっぽけな私も許されていることを知る
そしてちっぽけな私の中に輝くものを見つけられる力があることに気がつく
ちっぽけな私にも小さな優しい気持ちがあることに気がつく
 
ほんの小さな力かもしれないけれど、精一杯伝えたい
輝き続ける光に気がつかせてくれたことへ、ありがとうの気持ちを
そして伝えたい
たまたま障害を負ったあなたと、障害を負っていない君と、支えてくれる優しい人たちに
大切にしてくれてありがとう
私もあなたが大切です、と
 
川底に光るもの
その一つ一つは小さいけれど
その光は人の心を掴んで離さない
一つ一つの輝きがつながって、大きな川の流れになり
私たちすべてを包む大海の深く広い光になる
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