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車椅子の方もどうぞ、水曜日の午前中に。振り返りの週末
2015-06-21 Sun 21:26
思えば、仕事を初めて四半世紀が過ぎました。

今春、父が入院しリハビリテーションを受けた時、何回か訓練室まで伺いました。私が横浜市立大学附属病院リハビリテーション科研修医時代にご一緒した理学療法士さん、作業療法士さんに、父がお世話になり、素晴らしい訓練をしていただきました。控室にも、少し入れていただくと、懐かしい土屋先生、大川先生という、横浜市立大学リハビリテーション科の創立者のお写真が・・・。父のおかげで、思わぬところで初心を思い出した春でした。

昨日は障害児歯科を勉強中の歯科医さんが明子外来に来てくださいました。いろんな良いお話ができました。なぜ私がリハビリテーション科にたどりついたかなんて質問も受けました。

そして今日は新横浜で活動をしている訓練会で、お話させていただく機会をいただきました。もともとママ友つながりでいただいたようなお話。伺ってみると見知った顔多数で可笑しかったです。

春、昨日、今日と、いろんなこれまでの振り返りが集中しました。自分の特性、療育を考えるときのヨコハマの特性、振り返ると面白いです。

私は横浜市南区で生まれです。子どもの頃の大けがで母が運び込んだ(救急車ではなく(笑))横浜市大附属病院。治療を受けた子ども心の憧れがそのまま続き、大学医学部へ進むことができました。リハビリテーション科に興味を持ったのは、当時のリハ科科長の大川嗣雄先生の講義を聴いた大学4年の時。モナリザが上野にやってきた年の美術館のアナウンス、”車椅子の方もどうぞ、水曜日の午前中に”というのをどう思うか、と教壇の上から訪ねられた時が、私がマイノリティについて真剣に考えるはじめだったと思います。まだまだそんな時代。大川先生は長男が生まれる直前の産休中に亡くなりました。大学4年から出入れさせていただいていたとは言え、もっともっといろんなことを教えていただきたかったと今でも残念です。長男にも会っていただきたかったなとも。

リハ医になって横浜市総合リハビリテーションセンターにいた頃、四半世紀近く前?、在宅リハという部門にもたずさわり、たくさんの障害をもつ方のおうちを訪問しました。対象は大人になった後に障害をもってしまった脳卒中や脊髄損傷の方が多かったです。お風呂の改造や段差解消の相談を受けながら、押し入れを開けたり、奥の小部屋に行くと、私が呼ばれた身体障害の対象者とは別の、知的障害者がふと隠されていることに何度か遭遇しました。座敷に隠された障害児が大人になった人たちは、むしろ立派な一家の中で、親で、兄弟で、親戚で、方法はともかく、社会制度に頼らず声も挙げず、何とか頑張ってきた人たちが多かったと記憶しています。

そして、たまたま知的障害の長男を授かりました。長男は中学校から聖坂養護学校でお世話になりました。聖坂養護学校ではプロテスタントの宗教的な道徳感のもとに”その子”が大切にされています。健常に近づけるのが目的でなく、神様からいただいたその子の賜物を引き出すことが第一という理念が高く掲げられていました。大切な真実がそこにはあると思います。

先ほどのわが師、大川先生も含めた先人の御尽力で、”就学猶予”という名の教育機会の奪取は横浜では全国に先駆けてなくなりなくなり、全員就学となり、こどもを押し入れに隠すことはなくなりました。横浜は、障害をもつ子どもたちがリハビリテーションを受ける機会も他都市に比べいい状態だと思います。ただ、どんなノウハウ、方法論、訓練の方法、~法という教育法…そういうものの前に、その子の中にある賜物を見守る気もちがないと、特に重度の障害をもつケースとは向かい合いきれないのではと思います。

肢体不自由、知的障害、発達障害…思わぬ偶然から、公私ともにいろんな経験を積んでこられたものだとな~、これって稀有?なんて、感じた週末でした。大きなことはできない自分。地元に根差し、日々会えた人たちといろんなことを考えることからだ!!と感じた週末でした。お嫁に来て、なじめないな~と思った港北区でしたが、もう逃げ出せない(笑)たくさんの出会いに感謝しています。まず小さなモデルをいろいろ考えていきたいと、小さくこぶしを握り締めています。

写真は大けが前後のころ。当時の成美幼稚園でぶいぶい言わせてたころの私。10603752_10202220015692833_2570182449750081531_n.jpg



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”会うは別れの始まり”の季節にに想うこと
2015-06-19 Fri 17:18
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梅雨寒の1日ですね。
横浜の療育センターは現行では、小6まで。数カ所の非常勤先で、新年度をはさんで、たくさんのお子さんの次のフォロー先への紹介状を書きました。たぶん今日の子が今年度移行の最後かな。
どの子も1枚に収めるには大変な病歴を小さいのにもっています。生まれてすぐからの手術、その後もいろんなエピソードがあり。1行1行重たいです。そしてどの子も赤ちゃんからみてるので、定期的に会えなくなるのが勝手に寂しく胸がいっぱいです。
しかし、会うは別れの始まり、ヤドカリが住み替えるように新しい出会いが子どもたちを大きくしてくれますようにと祈るしかありません。
娘さんみたいだったママも逞しい母にかわることも嬉しい変化です。1人目のお子さんが障がいをもっていて、途方に暮れたような表情だったママが、年々肝っ玉母さんになり、子どもの命を守っている様子には、心を打たれます。…1日1日が重たいことは大変だけど、光り輝くことでもあると、少し先輩として伝えたいし、そうあるように祈りたいです。

雨足が弱まったときに庭に降りたら、雑草まみれで気付かなかったうちに、いつの間にか、鬼灯の実ができていました!忘れていたので地面を這っていて泥んこ。慌てて支柱を立てました。何にもかわってないようにみえてもかわらない日などないと、この時期の植物をみていて感じます。とてもいろんなことが大変すぎて、まず今日1日を頑張ろうって声をかけた親子が、365×13、立派な中学生になっていきます。
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大切な次世代
2015-06-16 Tue 19:24
今日は明子外来の日でした。またいろいろな出会いがありました。
そのあと、今年度のびーのびーの幼稚園保育園ガイドを綱島で受け取りました。
このガイドは今年で16冊目、地域に根差したガイドです。掲載園から掲載料を取らずに雑誌を作るため、協賛広告をとっているので、綱島鈴木整形外科も賛同させていただいてきました。
幼稚園保育園選びを通じて、子どもにとって住みよい街、環境を考えて行こうという作り手の意思を感じます。わが社の広告の版下も毎年心をこめて作ってくださいます。私がヨロヨロと開いている明子外来に早くから目を向けてくださり、クリニックのお荷物部門(笑)でありながら、広告に場所を割くことを提案してくれました。当時自分の仕事の意味に悩みを抱えていた私には、大きな励ましになりました。
障がい児子育てを考えるとき、やはり今の子育て事情も知らなければいけません。障がいをもっていなくても子育てはいまいろんな悩みを抱えています。大切な次世代。みんなで育てられますように。
http://www.bi-no.org/guide/site/index.php
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愚母の一考
2015-06-09 Tue 09:50
関東も梅雨入りですね。
同世代の友人が、障がいをもつ子どもを残して天国に立たれた方の御葬儀に出た話をしていました。幸い今のところ健康な私たちですが、涙なくしては聞けない話です。まだ、子どもとは離れたくありません。
私には、だいぶ前に先立ったママ友がいます。近所で、子ども同士が同い年で男の子同士、一緒に療育をうけました。子どもの障がいが明らかになった前後を共にすごしました。まだ子どもが小さくて将来のことがイメージしきれず、は~とため息をつきつつ、療育ノートにシールを貼って遊んだり、現実を斜めに見ていた頃からの友人です。長男の成長にしたがって何度もいろんなことを乗り越え(?)てきて、自分がある意味強くなったり、心が揺れたりするたび、彼女を思いだし、天国でぼくちゃんのこと見守って歯がゆく思ってる?満足してる?相変わらずかわいく笑ってる?なんて、ほんとに一気にいろんな想いが去来します。
我が家の自閉症の長男は、わかりにくい全介助。できそうでできない、できなそうでできるが複雑で、結局手助けは欠かせません。今、親がこまこまサポートしていることを“ひと”に委ねるまでに工夫していくことを考えるとクラクラします(~_~;)
社会で障がい者を支えていくのに何が必要なんだろう?お金、システムこれはあればあるほどいいんでしょうが、でもやはり突き詰めると、(サッカーの選手の言い方みたいなんですが(笑))“個の力”なのではなどと痛切に思います。人、人の力、一人ひとりの心に善きもがないと、介助される側も、実はする側もhappyにはなれません。
活力がある次世代のために教育に力を注ぎ人育てを大事にすること、介護に関わる人にも待遇、教育をもっと厚くしてほしい!これからは真面目に長男と離れる準備をして行くにあたり強く希望します。
…難しい話抜きに、母親は、魚も小骨をむしってやってる時、仕上げ磨きをしてる時、ふとボロボロになってる靴の中敷きを敷きかえてやるとき、そんな細かな日常で時に手が止まります。私亡き後も、そういうことに気づいてくれる人に彼が巡り合えますようにと小さく祈るしかありません。
写真は三ッ池公園の柏葉紫陽花。小雨のなか美しかったです。
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