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非定型は不便なだけ
2020-02-09 Sun 13:59
2020梅
あっという間に2月も3分の1が過ぎました。今日は気持ちの良い天気で、長男は夫と散歩に出かけました。長男は自宅に戻ってくると、自分の写ってる写真をよく見ます。昨夜たくさん見ていたようで彼の部屋がむちゃくちゃに(笑)掃除機かけるために片づけていると小学校の頃の個別支援級での写真が目につきました。机に向かいなんかやってます。やらされています?可愛いです。でもなんかかわいそうとも感じてしまった…定型発達にならなかった子でも、何とかそれらしく、皆がしているようなことをするようにセットして、これが先に何につながるかよりも、小学校教員の常識というか、手持ちの駒から課題をだされて、過ごさせられていたような数年間があったな~と今になって感じてしまう。長男は大きく定型から外れていたのがむしろ幸いで、その後は彼の特性にあうように過ごす方向に舵を切れました。しかし、もう少し頑張れば…というゾーンの子たちはずっとそのまま、やらされ続けてしまうことが多い。そのうちに定型のようにふるまえない自分を認めることができなくなってしまう。
目に見える障害、たとえば肢体不自由、の方が、話が分かりやすいかもしれません。脳性麻痺などで歩けない子は歩けるようにと訓練をつまされる。それ自体は悪くないけど、支援者の心の中に、歩けることが歩けないことよりいいことっていう枠組みがあるとよくない。歩けないことはいけないことではなく、歩ける人が多いなかで“不便”てことだけです。定型に入らないことが障害ってよばれますが、それは少数派ってだけのこと。少数派は不便です。でも人間として“下”ってことじゃないことを肝に銘じて、子供には接していかなければと自戒を込めて思います。自分は頑張って追いつかなければいけない人間って育てられて、大人になってから、自己肯定感の話を持ち出されても、自分は自分でいいと思うことはとても難しいです。長男はじめ障害にある人は世の中のスケールからみたら弱いのかもしれませんが、一緒にいると彼らの“強さ”を感じます。辛抱強く、定型の人の要求することに合わせて過ごしてがんばってます。こっちは、なかなかできてないのに…

世では中学受験も終わったようです。校風や理念で選んでほしいと願っても、偏差値というわけのわからない尺度で受験校をきめて突っ走ってるお子さんに何人か出会いました。定型の子たちも大変だな…と強く感じる季節です。どの子も新年度にむけて、頑張りすぎず、深呼吸してほしいです。
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